interview

受け継がれてきた日本庭園を望むONE-BOX HOUSE

※本記事は住宅情報WEBマガジン Daily Lives Niigata による取材記事です。


会社の社屋跡地に自宅を新築

2021年春、燕市旧吉田町に完成したS邸は、ご主人が専務を務める会社の敷地内に立っている。

雪深い魚沼地域で採れた杉、通称・魚沼杉の外壁で覆われた外観が印象的な建物で、天候や見る角度によって木の表情が変化するのも面白い。

「2009年に神奈川県出身の妻と結婚し、しばらくは東京に住んでいました。2013年に吉田に戻ってきて、それからは会社の敷地の隣にある実家に住んでいたんです。戦時中に建てられた実家は築80年以上が経過していました。戦時中は海軍に製品を納めていた関係で軍人をもてなすことが多かったそうで、庭を眺められる料理屋さんのようなつくりになっています。建物は広いですが居住用の部屋が少なく、住みやすい家ではありませんでした」とご主人。

上の写真の庭を挟んで向かい側に立っているのが戦時中に建てられたという実家。右手に見える比較的新しい家はご両親が暮らす実家の増築部分。

2019年に老朽化していた会社の倉庫を解体し、それまで別々に建っていた事務所と倉庫を集約した新社屋が完成した。それに伴い、旧事務所が立っていた場所が更地になり、その場所にSさん夫婦は新築をすることにした。

「ちょうど子どもが生まれてライフステージが変わったタイミングでもありました。飯塚一樹さんに設計を依頼したのは、燕三条青年会議所で一緒に活動をしていて、人柄をよく知っていたからです。相手が考えていることを読み取る力に長けていて、『こうしたい』というのを少し伝えるだけで、ご自身のクリエイティブと掛け合わせて提案をしてくれる。それに、とても凝り性な性格であることも決め手の一つです。自分も同じように凝り性なので(笑)」(ご主人)。

そんなご主人が重視したのは「可変性」だったという。

「子どもが、幼児、小学生、中学生…と、成長していくのに合わせて環境を整えながら暮らせるといいなと。あとは、各々の気配を感じられる“がらんどう”のような家にしたいと思っていました」とご主人。

そんな希望が飯塚一樹さんが提唱する設計コンセプト“ONE-BOX FOR ONE FAMILY”にピタリと重なった。

「イメージ共有のためにご主人に最初に見せてもらったのは、大きな倉庫のような空間の写真でしたね。奥様からは、ひとつながりになった脱衣所と物干しスペース、それから新潟の冬の気候がつらいので暖かい家にしてほしいという要望を頂きました」(飯塚さん)。

そうしてSさん夫婦の要望を読み解きながらつくり上げたのが、家全体を空気が循環するONE-BOXの家だった。

UA値0.30。HEAT20G2基準をクリアする断熱性能

北東角のコーナーがS邸の入口。タイル張りのステップを進みながら建物に吸い込まれていくような感覚を味わえる。

ポーチの天井の仕上げに使われているのは、ヒノキを材料に使った木毛セメント板。

それらの仕上げ材は、そのまま玄関内部へと連続する。

玄関に入ってすぐ右手には、有孔ボードの壁が広がっている。普段使いのバッグや帽子、ご主人が子どもの頃から続けているバスケットボールの練習用のボールが入った袋もここに掛けられている。

「この家はとても機能的につくられています。玄関の有孔ボードもその一つ。僕は毎朝早起きをしてバスケの練習に行くんですけど、家を出る時にここでさっとボールを持って出ていける。ちょっとしたことですけど、スムーズな動きができるお陰で朝練の習慣がついたように思います」(ご主人)。

玄関の奥には3畳のシューズクロークが連続しており、そこには家族4人の靴や、こまごまとしたものが収納されている。

玄関のすぐ目の前は、鉄骨階段が上へと伸びる吹き抜け。

線の細い鉄骨が軽やかに伸びており、その向こうにはLDKが見える。

奥のリビングにも吹き抜けがあり、この家は2つの吹き抜けを通って空気がぐるぐる循環するように計画されている。そして、その空気の循環こそが飯塚さんがONE-BOXを推奨する大きな理由だ。

冬場は床下エアコンで基礎内の空気を温め、随所に設けられた床のガラリから上がってくる暖かい空気を2階にまで行き渡らせる仕組みで、夏は2階の壁掛けエアコンからの冷風を同じように家じゅうに行き渡らせる。

建物の断熱性能はUA値0.30でHEAT20G2基準(新潟県の大部分が含まれる5地域ではUA値=0.34)をクリアし、室内と大きな温度差がある外気を直接入れない第1種換気(全熱交換型)を採用。

それはイイヅカカズキ建築事務所の標準仕様であり、快適な温熱環境の基本となる外皮性能と換気システムを重視していることの表れでもある。

機能性と美しさにこだわったキッチン周り

ホールのすぐ先にあるキッチンは対面型。キッチン周りは奥様が希望したグレーの左官材モールテックスで仕上げられている。

キッチンの背面にはアガチスの面材が張られた造作のカップボード。壁はサブウェイタイルで仕上げられ、カフェのような雰囲気を演出している。

引き出しの中は、皿を取り出しやすく片付けやすいように、仕切りを上手に活用。

キッチン前の壁につくった調味料置きも奥様がこだわったスペースだ。

「カップボードはどこに何を入れるのかをイメージしながら引き出しの寸法を考えていきました。ミーレの食洗機も便利ですね。夜に1回だけ使い、朝になったら乾いた食器を片付けるようにしています」(奥様)。

キッチンの前はモールテックスの壁が印象的なカウンター。ダイニングテーブルまで一体につくられており、骨格となる金属部分の加工には、地元燕三条地域の技が使われている。

赤みを帯びたチークの床がまっすぐ奥へと伸びる空間。右手には4間分の窓が連続しており、外には同じようにウッドデッキが並んでいる。

1間もの幅がある深い庇は西日を遮る役割を果たしており、その向こうには緑豊かな日本庭園が広がる。

「デッキでは子どもたちが水遊びをしたり、しゃぼん玉をしたり、テーブルを出してごはんを食べたり。気軽に外を楽しむ場所として使っています」(奥様)。

リビングは空気の循環と庭の眺めを重視

ダイニングの奥には、S邸で最も開放感を得られるリビングがある。

8畳の吹き抜けの上には木毛セメント板の勾配天井が広がり、シーリングファンが2階の空気を1階へと循環させる。

夏は2階のエアコンで冷やされた空気がシーリングファンによって一気に下降。ファンの真下にいると、まるでレインシャワーを浴びるように全身で冷たい空気を感じられる。

「風呂上がりにファンの回転を速くするとすごく気持ちいいですよ」とご主人。

大きなワンルームのようなつくりの家は、夏は2階のエアコン1台で、冬はリビングに仕込まれた床下エアコン1台で全館を冷暖房でき、場所ごとの温度差が少ないのが特長だ。

飯塚さんは窓の外に広がる庭の見え方も重視したという。

「ダウンリビングにしたのは、庭をいろいろな高さから眺められるようにしたかったからです。ダイニングキッチンとリビングで少し違う景色を楽しめますよ」(飯塚さん)。

ダイニングチェアから見る庭もきれいだが、

ソファに座れば、より地面に近い位置から木々を眺められる。

「風呂に入っているような包まれている感じもいいですね。間仕切りで区切られているわけでもないのに、ここだけ違う空間にいるような気持ちになります」(ご主人)。

リビングにぴたりとはまったソファはマスターウォールの別注。落ち着いたネイビーのファブリックは色の濃いチークの床との相性もいい。

リビングの奥にある8畳の空間は、今は子どもたちのおもちゃスペースになっているが、お子さんたちが成長したら家族みんなで使えるスタディーコーナーにする予定なのだそう。シンプルな空間ゆえに、使い方の自由度も高い。

裏動線にまとめられた水回りゾーン

家事効率の良さもS邸のこだわりポイント。とりわけ、一直線に並んだ浴室・洗面脱衣室・ランドリールームは家事時間の短縮に貢献しているという。

※写真は竣工時に撮影したもの。

2畳の洗面脱衣室には空間の幅いっぱいの洗面台が造作されており、

※写真は竣工時に撮影したもの。

その隣には3.5畳のゆとりあるランドリールームが連続する。

※写真は竣工時に撮影したもの。現在は天井に物干しバーが付いている。

洗濯物をたためるカウンターに、便利な可動棚。衣類ガス乾燥機も備えられており、ここで家事をスムーズに完結できる。この水回りは、庭側にあるLDKとは逆の東側(駐車場側)に並んでおり、ゲストを招く空間と明確に分けられている。

カスタマイズ性が高い2階

一度玄関ホールに戻り、開放的な2階へと上がった。

中央にあるフリースペースは21畳もの広さで、2つの吹き抜けに挟まれた2階はロフトのようでもある。

階段を上って左側は1間幅(約180cm幅)の空間が7.2mに渡って伸びるウォークインクローゼット。S邸のメインの収納スペースになっている。

※写真は竣工時に撮影したもの。

階段を上がったすぐ正面は洗面スペースとトイレ。それぞれ1.5畳ずつあり、ゆとりが感じられる。

そして、こちらが2階のフリースペース。

将来的に間仕切りできるように考えられており、中央の廊下を挟んで左右に9畳の部屋を1つずつ、それらをさらに2等分して4.5畳の部屋を4つ取ることもできる。まさにご主人が望んでいた“がらんどう”のような可変性のある空間だ。

「子どもたちが2階で遊んでいる時、1階にいても何をしているのか分かるので安心できます。ただ、それは音が筒抜けになっているということでもありますので、将来的に子どもたちが望んだら間仕切りをつくると思います」とご主人。

飯塚さんのおすすめは、その際に完全に仕切るのではなく、天井近くを少しあけておくことだという。そうすることで、個室へ空気を循環させられるからだ。

そして、2階の奥には8畳の寝室が設けられている。

寝室を含め、室内の壁のほとんどは飯塚さんおすすめの内装材モイスNT仕上げ。モイスNTは天然素材由来の面材で、調湿消臭効果がある。また、巾木を省略し、ディテールをすっきりさせているのも飯塚さんのこだわりだ。

少し奥まった場所にある寝室は、エアコンの冷気や暖気が他の部屋と比べて行き渡りにくいため、サーキュレーターを使って空気を送り込むことで快適な温度を保っているという。

快適で機能的。ゆとりを生み出す家

新しい家に住み始めて2年半。暮らしてみての感想を伺った。

「子どもたちが元気よく走り回っているのを見ては、いい家だな…としみじみ思います。収納や家事動線もよく考えられているので、例えば服をしまいこんでなくすこともない。機能的だから以前よりも時間にゆとりが生まれるようになりました。この家に住んでからスポーツやトレーニングに出掛ける時間が増えましたね」(ご主人)。

「冬も夏も家じゅうの温度が一定ですし、乾燥し過ぎたり、エアコンの風が直接体に当たる不快感などもありません。ソファや椅子に座って庭を眺めて過ごす時間もいいですし、夜子どもたちが眠った後にリビングでゆっくり過ごす時間も好き。今後は家の周りの植栽を増やしていきたいです」(奥様)。

会社の敷地内にありながら、しっかりとプライバシーを確保し伸び伸びと開放的に暮らせる住まい。

先祖から受け継がれてきた日本庭園が、新しい世代を優しく見守ってくれている。

S邸
燕市
延床面積 164.79㎡(49.84坪)
竣工年月 2021年4月
設計 株式会社イイヅカカズキ建築事務所
施工 皆川粂七工務店
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平