三条市の街なかにある築90年の洋館を改築。穏やかな時間が流れるレトロなカフェに
※本記事は住宅情報WEBマガジン Daily Lives Niigata による取材記事です。
築90年超の医院建築をカフェに
三条市旭町にLAND.という名前のカフェがある。瓦屋根を載せたシンメトリーの建物は、特に主張をすることもなく静かに街並みに溶け込んでいる。
元々は医院だった建物で、築90年は超えているという。
LAND.は2018年4月にリノベーションを終えてオープン。今年の春から夏にかけては新型コロナウイルスの影響を受けて営業を休止していたが、9月に再開した。
オーナーの吉田匡美さんに、ここでカフェを始めた経緯を伺った。
「この店の前の通りは普段からよく通っていて、前から気になっていた建物だったんです。以前は手芸屋さんが入っていたんですが移転をされて、その後空き店舗になりました。すごくいい建物なので、借り手が見つからずに壊されてしまったりしたら嫌だな…と思って見ていました。そんな時に、娘と息子のお嫁さんと3人でカフェでごはんを食べながら、『カフェっていいよね。やってみたいな』と軽い気持ちで言ったんです。そうしたら2人が『やりましょう!』って言うもので、不動産屋さんに連絡をして、この建物の中を見せてもらったのが始まりでしたね。2017年の夏のことでした」。
年配の人が集まれる場を、三条の町なかに
「実際中に入ってみたらボロボロで、かび臭くて。でも雰囲気がいいから、ここを直してやってみよう、ということになりました。そうしたら、お嫁さんと息子が夫婦で行っていた創業塾で知り合った建築士さんが居るというので紹介してもらうことにしたんです。その方が飯塚さんでした」と吉田さん。
実はカフェをこの場所で始めようと思った背景には、街なかに年配の人が立ち寄れるカフェがどんどんなくなってしまったことがあるという。
「以前はこの近くにドーナツショップがあって、私の母がよくそこに行って友人たちと集まっていたんです。でも、そのドーナツショップが閉店すると、歩いて行ける場所に気軽に集まれる場所がなくなってしまいました。そこで、私の母や、母と同世代の方たちに、ゆっくりとお茶をして過ごせる場所を提供できたら…と考えたのも、ここでお店を始めようと思った理由の一つです」。
廊下を通りに見立て、街のような構成に
リノベーションにあたり、吉田さんは、この地域に暮らす若い人からお年寄りまで、幅広い世代の人がゆっくりと過ごせるような場所にしたいと伝えた。
「入口のドアを開けるとまっすぐ廊下が伸びていて、その両側に部屋が配されていました。それをヨーロッパの古い街並みのように見立て、廊下を石畳にして、両側に建物が並んでいるような構成を提案しました。コーヒーを持ちながら、『どこの建物で過ごそうかな?』とワクワクしながら歩き回れるようなお店になるといいなあ…と。廊下の壁に照明を付けていますが、これは街灯をイメージしています」と飯塚一樹さんは話す。
廊下の正面にはシンボルツリーとして3本の丸太が立っているが、これは飯塚さんが材木店で吟味したクリの木。そこには棚板が取り付けられ、本棚としても使われている。
入り口を入ってすぐ右側の部屋は医院の待合室だった場所で、カウンターとテーブル席が配されている。
年季の入った床はこの建物に張ってあった床を再活用したものだ。
「廊下の床を剥がした時に、床板を他の空間にも使おうと思いましたが、傷みが激しいものが多く、この部屋だけを古い床板にしました」と飯塚さん。
この部屋の廊下を挟んだ向かい側は厨房で、かつては医院の受付だったことを思わせる窓が並んでいる。
右の大きめの窓が受付で、左の小さい窓から薬を渡していたのだろうか…?
そんなことに想いを馳せながら眺めてみるのもまた楽しい。
その先のアーチをくぐった場所が、LAND.のメインとなる空間だ。
空間ごとに張り方を変えた、オークの無垢の床
アーチの先はシンボルツリーを中心に、両サイドに空間が広がっている。
床はすべてオーク材だが、左の空間は乱尺張り、右はヘリンボーンと、張り方を変えることで同じトーンを保ちつつ異なる表情に仕上げている。
左の空間にはロングテーブルが一つ置かれており、相席はもちろん、大人数で集まることができる。
4本の脚でロングスパンを飛ばせるように、しっかりと構造が考えられた特注のテーブルは、飯塚さんが考案し燕市の鉄工所で作ってもらったもの。
レオナルドダヴィンチの晩餐会の絵を思い起こさせる大きなテーブルだ。
その隣は厨房。元々この建物にあった引き出し付きの家具を置き、その上に吊り棚を組み合わせて緩やかに仕切っている。
棚にはグラスやカップ、ポット、フレンチプレスと呼ばれるコーヒーメーカーがずらりと並び、それらが目隠しの役割を果たす。
通り側の窓からたっぷりと光が入る明るい厨房は、清潔感があり気持ちのいい空間だ。中央に作業台を配し、その周りにシンクや食洗器、コンロ、冷蔵庫、レジが配された機能的な設計がなされている。
厨房にもこの店の雰囲気に合ったペンダントライトを吊るすなど、細部にもこだわりと美意識が詰め込まれている。
異国感とノスタルジーが融和する店内
一方、ロングテーブルがある空間と廊下を挟んで向かい側には、2人掛けや4人掛けのテーブルが配されている。
照明を空間ごとに変えることでも、違った雰囲気をつくり出している。
テーブルの天板は床と同じオーク材。赤みがかった塗装で仕上げられており、レトロな建物の雰囲気によく似合う。
ベトナムやラオスなどの東南アジア諸国を訪れると、フランス植民地時代に建てられたコロニアル建築が数多く残されており、それらが瀟洒なカフェやレストランとして使われているケースが多く見られるが、LAND.の店内にも同じようなノスタルジーや異国感を感じることができる。
元々は廊下と各室の間には壁があったが、それらは取り払われ、代わりにブレースが付いた大きな額のようなフレームを設置することで耐震性を確保した。
それにより、建物の奥行き方向だけでなく、間口方向へも視線が抜ける開放的な空間が実現された。
店のさらに奥にはゆったりと座れるソファが置かれているが、そこはかつて院長室だった場所だという。
こちらの床は寄木でつくられるオークのパーケットフローリング仕上げで、異なる趣きを醸し出した。
ソファの後ろにはこの建物の歴史を感じさせる古いドアがそのままの形で残されている。
トイレや手洗いスペースにもこだわりが
廊下の奥の古いドアを開けると、元のままの床板や階段が現れた。
長い年月を経て、木目に沿って塗装が剥がれた床板には、新築の建物にはない深い味わいが現れている。
その奥は手洗いスペースで、その先には階段下を利用した籠もり感のあるトイレが。
店の最も奥まった場所にあるトイレは、白いタイルで明るく仕上げられており、ホッと落ち着ける空間。
席がある場所だけでなく、客が目にするさまざまな空間でこの店の世界観が丁寧に表現されている。
こだわりのハーブティーとスペシャルティコーヒー
吉田さんがカフェを始めるにあたり、どんな飲み物を出したらいいのか…?と考えていた時に、店のロゴやグラフィックなどのアートディレクションに関わってくれたデザイナーからの推薦で、新潟市江南区にある農園CuRA!がつくる無肥料・無農薬・無添加のハーブティーを採用することにしたという。
ポットで提供されるハーブティー660円(税込)は、カモミールをベースにしたリラックスブレンド、ミントをベースにしたワークブレンド、季節の果実をブレンドしたフルーツブレンドの3種類。
ガラスのポットとカップで、ハーブティーの色味を楽しみながら味わうことができる。
また、コーヒーは長岡市与板にあるナカムラコーヒーロースターsに依頼してオリジナルのブレンドコーヒーを作ってもらったという。
「ナカムラコーヒーロースターsさんのコーヒーが美味しいという話を聞いて、実際にお店で飲んでみたら本当にすごく美味しくて。後日、どんな思いを持ってお店をつくろうとしているのかを聞いて頂いたところ共感を頂き、コーヒー豆を卸して頂けることになったんです」(吉田さん)。
リノベーション工事中に建物のイメージを伝え、それに合わせてナカムラコーヒーロースターsにブレンドしてもらったというLAND.オリジナルのコーヒー660円(税込)は、豆本来のうまみを抽出できるフレンチプレスで提供。
たっぷり入ったコーヒーは、ゆっくりとした時間を過ごすのに適している。
フードメニューは、ランチタイム(11:30~14:00)は、ワッフルプレート1,350円(税込)、ライスプレート1,150円(税込)、ドライカレー1,150円(税込)、サンドイッチプレート1,150円(税込)があり、それ以外の時間帯はワッフル770円(税込)~やデザートセット1,100円(税込)などを用意している。
地域に根差し、地域の人がゆっくりと過ごせる場所を
塗装を施したコンクリート壁やタイル壁、石畳に重厚なオークの床、そして、統一感のあるイスとテーブル。BGMにはジャズやボサノバが流れ、明るい大人のムードがリラックスした時間をつくり出す。
新型コロナウイルスの影響を受けて数カ月休業をした後、新たにスタッフを募集したところ、20人もの応募があったという。
現在は9月に新しく加わったマネージャーを中心にお店の運営をしている。
「この建物がいろいろな人を引き付けてくれているのを感じますね。私自身もその一人ですし、店を立ち上げるにあたって集まってくれた飯塚さんやグラフィックデザイナーさん、今お店で働いてくれているメンバーたちもそうです。今私は別の新しい仕事に時間を割かなければならなくなったんですが、いい人材に恵まれて、マネージャーやスタッフにお店を任せることが多くなりました」(吉田さん)。
「建物もそうですが、僕は吉田さん自身の人柄も大きいと思っています。とても前向きでパワーがあるから、僕も仕事で迷うことがあるとLAND.に来て、吉田さんに話を聞いてもらっています。駆け込み寺みたいな感じですね(笑)」と飯塚さん。
LAND.に来るお客さんは、ゆっくりと過ごしていく人が多いという。
「お客さんにくつろいでもらうためには、私たちが楽しくやっていることが大事だと思っていて、スタッフには楽しんで仕事をしてほしいとよく話しています」(吉田さん)。
大々的に広告を打つことはなく、メディアで取り上げられることを期待するのでもなく、ゆっくりと口コミで広がり、来てくれた方にいい時間を過ごしてもらうことを大事にしている。
土地を意味するLAND.という店名に込められているのは、「地域の人にゆっくりと過ごせる場所を提供したい」という想い。
古い瀟洒な医院建築は、カフェという形態に姿を変えて、地域の人にくつろげる場所と時間を提供している。
LAND.新潟県三条市旭町1-8-210256-55-5438営業時間 11:00~17:00(ランチは11:30~14:00)定休日 月・火曜
設計/株式会社イイヅカカズキ建築事務所
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平
LAND.
新潟県三条市旭町1-8-21
0256-55-5438
営業時間 11:00~17:00(ランチは11:30~14:00)
定休日 月・火曜
設計/株式会社イイヅカカズキ建築事務所
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平